七草粥
「天然木を使った木造建築&リフォームで安心な住まいをご提案」 和ホームの椎葉正四です。
そろそろお正月気分も薄らいできましたね。
和ホームは、椎葉工務店の時と同様、お正月2日がお仕事始めです。
すでにお正月気分は晴れました。
ところで「七草がゆ」は、やはり、お正月の雰囲気を醸し出してくれる日本の大切な節句です。
毎年、このシーズンには、私のふるさと、椎葉村から、とれたての七草が送られてきます。
まあ、これを頂く事でお正月気分に戻ります。
そしてこれで、「さあ、2018年も頑張ろう!!」って気分になります。
少し七草がゆについて、お話しさせてください。
少し調べてみましたが、この風習は古代中国にさかのぼるということです。
日本の文化は少なからず中国の影響を受けたものが多いですよね。
以前ご紹介した七夕もその一つです。
七草は、唐の時代、人の日(1月7日)に七種菜羹(ななしゅさいのかん)という
7つの草や野菜を混ぜた汁物を食べる風習がありました。
体に良い食材をとることで、無病息災を願ったとされており、
立身出世への願いも込められていたそうです。
これは初耳でした。
そして、この風習は奈良時代に日本に伝わったということです。
百人一首で有名な句、
「君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ」
ここにも七草のことが歌われているそうです。
これも初耳でした!
その後、平安時代になると、中国の七種菜羹と若菜摘み、
7つの穀類を食べる風習が結びつき、
現代の「七草粥」の原型になったということです。
江戸時代になると、五節句の1つとなる「人日(じんじつ)の節句」が制定されました。
五節句とは、宮廷で行われていた1年の節目となる節句のお祝いをさします。
他に「桃の節句」「端午の節句」「七夕の節句」「重陽の節句」があります。
この名前は、前述した中国の占いの「人の日」に由来するそうです。
江戸時代は人日の節句の日にちも1月7日とし、
この節句が「七草の節句」とも呼ばれるのはそのためです。
この正式な制定により、
人日の節句に七草粥を食べる風習が
一般の人々にも定着するようなっていきました。
また、1月7日は「松の内」と呼ばれる期間の最終日にあたります。
「松の内」とは1月1日~1月7日をさし、この間を一般的にお正月とします。
お正月はおいしいご馳走を食べる日が続きますよね。
七草粥には疲れた胃を休ませる、という目的もあったのです。
このあたりのお話は皆さまもよくご存じだと思います。
さあ、今年も、仕事も、胃腸も快調に行きたいですね。
最後まで読んで下さり有難うございました。
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